【年末年始】盛り上がる世間を思う

ミニマル思考

こんにちは、まろです。

年末に近づくにつれ、いつもザワザワします。

1年の終盤に迎えるビッグイベント、クリスマス、大晦日、年越し、初日の出、新年の抱負、●●初め。。 などなど

いつの頃からか私は、

この1年の終盤に世間で盛り上がりを見せる高揚感を、いつも冷めた目で眺めている。

街のイルミネーションや広告やテレビ番組がこぞって盛り上げようとすればするほど、それに反比例して激しく引いていく自分がいる。

小さい頃は、単純にプレゼントやケーキやお年玉や御馳走が嬉しかったように思うが、大人になってからは、誰かと一緒であってもどこか冷めた目でそういったイベントを過ごしてきた。

なんだろうか。

盛り上がった後のギャップがしんどいから、できるだけそのギャップが出ないように自己防衛しているのかもしれない。

年始の仕事初めは、どう頑張っても気が重く「また長い1年が始まる。。」と思いながら、自分を奮い立たせて無理やりエンジンをかけるあの感じ。

クリスマスもお正月もついつい食べ過ぎてしまい、ふと、自分の下腹や太ももや背中についたお肉を見て、自己否定でため息が出るあの感じ。

あの感じを味わいたくないから、そういった世の中の意図的な盛り上げには流されず、乱されず、日々変わらず精進した生活を送りたいと余計に思う。

1年という考え方や、季節の行事は、当たり前ではあるが人間が作り出したモノであり、人間以外の生物や地球や宇宙から見れば、昨日から今日、そして明日へとただ変わらず時間が流れているだけであり、人間世界の大晦日も元旦も、何でもない1日に過ぎない。

なんか、そういう感覚で毎日を丁寧に過ごしたいと思う。

人間が作り出した盛り上げには乗らずに、日々の生活を乱すことなく、毎日感謝しながら淡々と生活をしていきたいと思う。

今年は新型コロナの影響か、働き方改革の影響か、スポーツジムも年末年始は長い休館となるが、以前は元旦以外は営業している年があり、年末年始にもジムで運動した後の喜び、体重が増えなかった喜び、誘惑に流されず精進できた自己肯定感、満足感を覚えている。

飲み食いしてだらだらと過ごすより何倍も嬉しいと思った。



ただ、こういったイベントは、日常にメリハリを与えるのには良いのかもしれない。

特に、家族の間においては、良い思い出になるし、刺激にもなって良いと思う。



そんなことを思いながら、

お正月ムードを醸し出した混み合うスーパーで、2〜3日分のいつものレタス、きのこ、納豆、豆腐、卵、牛乳を買って帰ってきた。

この連休は、早寝早起きを定着させる良い機会なので、規則正しい生活を回していきたいです。

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